9月20日、21日に富山−大阪で運転された「懐かしの雷鳥」に乗ってきましたので、その写真を掲載します。無事、指定席が確保できたことから、今回は大阪帰省と兼ねて乗ることにしました。
クハ、モハ、モハ、サロ、サロ、サロ、モハ、モハ、モハ、モハ、クハの485系11両。
もちろん両端はボンネット車両!
金沢駅の電光掲示板には「なつかしの雷鳥」と表記されていました。
ボンネット車両である1号車と11号車では車内でグッズが売られていました。
グッズを買う人であふれかえっています。
これがグッズの一覧です。このほかにサボ、Tシャツ、列車方向幕、車両版、
実寸大ヘッドマーク(100,000円以上!。郵送販売)が売られていました。
私もサボ、ポストカード、携帯ストラップ、マウスパッドを買いました。
こちらはグリーン車の車内です。普段は9両中1両しか連結されていないのですが、
今日は4・5・6号車と11両中3両もつないでいます。
(それもきっぷは満席!!実際は空席もあるけど)
6号車で特製駅弁が売られていまして、私も食べました。これがその中身です。
どう?なかなかデラックスでしょ?
長浜駅の手前での普通車の車内です。この付近ではデッドセクション
(交流・直流の切り替え区間)を通過するため、電気が消えます。
485系とあってこの夏までの加越・しらさぎと似たような感じです。
車掌さんも国鉄時代の腕章を着用しています。検札と同時に記念乗車証の配布を行っていました。
2号車にいると隣の号車にグッズを買いに来る客が絶え間なく通行してました。
まあ、車内の通行は食堂車の隣の車両などでもある光景なので別にいいのですが…。
米原駅に到着。湖西線開通直後の昭和50年3月改正までは米原を経由していました
(湖西線開通は昭和49年)。
台風などの迂回運転でも米原経由になることはありますが私は初めての経験でした。
追伸:9月21日の夜には定期列車も風による迂回運転で米原経由でした。
485系ボンネット車両の終焉のとき。大勢のファンが撮影しています。
さよなら運転の編成のうち、ボンネット車両はクロに置き換えられ、
モハについては組み替えて今後も使用するのではないかと思います。
大阪駅で撮影していると反対側のホームには定期列車の「雷鳥16号」が到着。
先頭は今日で定期運用を退く485系ボンネット車両でした。
こちらもホームは人であふれ返ってました。
これが敦賀−米原間の利用でもらえる記念乗車証です(写真上)。硬券の特製特急券という感じでした。
どの区間を乗車しても富山−大阪間となります。
また、e5489で購入(金沢駅で引換)した特急券(写真下)には特製のスタンプが押印されました。
車内で購入したサボ、ポストカード、プレート、携帯ストラップ、マウスパッドです。
早速サボとプレートは家で飾り、マウスパッドは家で使用しようと思います。
携帯ストラップも使いたいのですが、阪神優勝記念ストラップとどちらを
つけようか迷っています。
大阪駅では雑踏の中、「誰か来てないかな〜」と思いきや、時刻表仲間と会い、しばらく談笑していました。また、彼女たちと話しているときに時事通信社の人がやってきて、「この列車のきっぷもってませんか?」って聞かれたので「わたし持ってます〜」と取材を受けました。
私も学生のときは北海道旅行への「白鳥」で、就職で北陸に引っ越してからは大阪と金沢の往復で、何度となくのって来ましたが、ここまでスポットライトを浴びて姿を見るのは初めてのように思います。近年では白鳥引退のときもすごかったみたいですが。
ちなみに私の座っていた席の隣はずっと空いてました。団体枠の売れ残りなのか、指定券収集家が記念に購入しているだけなのかわかりませんが、そのためか車内では比較的快適でした。
ありし日の雷鳥。1979年大阪駅にて撮影。
「懐かしの雷鳥号」。JNRの位置が少し低いような…。
昭和39年12月に「雷鳥」「しらさぎ」などの特急型車両として登場しました。その後も「つばめ」「はと」「白鳥」「いなほ」など全国各地使用されてきましたが、新型車両の登場などに伴い、平成15年9月20日に定期運用を外れ、今回のさよなら運転を持って引退することとなりました。
参考までに、485系ボンネットは今回引退するわけですが、同形で横軽用に製造された489系ボンネットは「能登」(検査時の「はくたか」にも充当)として、しばらくは残ります。
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クハ、モハ、モハ、サロ、サロ、サロ、モハ、モハ、モハ、モハ、クハの485系11両。
もちろん両端はボンネット車両!
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金沢駅の電光掲示板には「なつかしの雷鳥」と表記されていました。
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ボンネット車両である1号車と11号車では車内でグッズが売られていました。
グッズを買う人であふれかえっています。
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これがグッズの一覧です。このほかにサボ、Tシャツ、列車方向幕、車両版、
実寸大ヘッドマーク(100,000円以上!。郵送販売)が売られていました。
私もサボ、ポストカード、携帯ストラップ、マウスパッドを買いました。
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こちらはグリーン車の車内です。普段は9両中1両しか連結されていないのですが、
今日は4・5・6号車と11両中3両もつないでいます。
(それもきっぷは満席!!実際は空席もあるけど)
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6号車で特製駅弁が売られていまして、私も食べました。これがその中身です。
どう?なかなかデラックスでしょ?
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長浜駅の手前での普通車の車内です。この付近ではデッドセクション
(交流・直流の切り替え区間)を通過するため、電気が消えます。
485系とあってこの夏までの加越・しらさぎと似たような感じです。
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車掌さんも国鉄時代の腕章を着用しています。検札と同時に記念乗車証の配布を行っていました。
2号車にいると隣の号車にグッズを買いに来る客が絶え間なく通行してました。
まあ、車内の通行は食堂車の隣の車両などでもある光景なので別にいいのですが…。
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米原駅に到着。湖西線開通直後の昭和50年3月改正までは米原を経由していました
(湖西線開通は昭和49年)。
台風などの迂回運転でも米原経由になることはありますが私は初めての経験でした。
追伸:9月21日の夜には定期列車も風による迂回運転で米原経由でした。
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485系ボンネット車両の終焉のとき。大勢のファンが撮影しています。
さよなら運転の編成のうち、ボンネット車両はクロに置き換えられ、
モハについては組み替えて今後も使用するのではないかと思います。
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大阪駅で撮影していると反対側のホームには定期列車の「雷鳥16号」が到着。
先頭は今日で定期運用を退く485系ボンネット車両でした。
こちらもホームは人であふれ返ってました。
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これが敦賀−米原間の利用でもらえる記念乗車証です(写真上)。硬券の特製特急券という感じでした。
どの区間を乗車しても富山−大阪間となります。
また、e5489で購入(金沢駅で引換)した特急券(写真下)には特製のスタンプが押印されました。
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車内で購入したサボ、ポストカード、プレート、携帯ストラップ、マウスパッドです。
早速サボとプレートは家で飾り、マウスパッドは家で使用しようと思います。
携帯ストラップも使いたいのですが、阪神優勝記念ストラップとどちらを
つけようか迷っています。
あとがき
大阪駅では雑踏の中、「誰か来てないかな〜」と思いきや、時刻表仲間と会い、しばらく談笑していました。また、彼女たちと話しているときに時事通信社の人がやってきて、「この列車のきっぷもってませんか?」って聞かれたので「わたし持ってます〜」と取材を受けました。
私も学生のときは北海道旅行への「白鳥」で、就職で北陸に引っ越してからは大阪と金沢の往復で、何度となくのって来ましたが、ここまでスポットライトを浴びて姿を見るのは初めてのように思います。近年では白鳥引退のときもすごかったみたいですが。
ちなみに私の座っていた席の隣はずっと空いてました。団体枠の売れ残りなのか、指定券収集家が記念に購入しているだけなのかわかりませんが、そのためか車内では比較的快適でした。
おまけ…JNRマークの位置について
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ありし日の雷鳥。1979年大阪駅にて撮影。
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「懐かしの雷鳥号」。JNRの位置が少し低いような…。
485系ボンネット車両について
昭和39年12月に「雷鳥」「しらさぎ」などの特急型車両として登場しました。その後も「つばめ」「はと」「白鳥」「いなほ」など全国各地使用されてきましたが、新型車両の登場などに伴い、平成15年9月20日に定期運用を外れ、今回のさよなら運転を持って引退することとなりました。
参考までに、485系ボンネットは今回引退するわけですが、同形で横軽用に製造された489系ボンネットは「能登」(検査時の「はくたか」にも充当)として、しばらくは残ります。

















